昔、一緒に暮らしていた愛猫コブの介護を経験しました。
元気だったころは少し太めで、高い場所にも登っていた子でしたが、年齢を重ねるにつれて少しずつ体に変化が現れました。
当時の写真を見返しながら、介護を通して感じたことを書こうと思います。
元気だったころ

知り合いから、ダンボールに子猫が捨てられていると連絡が来て、数匹いた中の1匹をうちで引き取りました。
それがコブです。
とにかくヤンチャで神棚の上に登ってみたり、ベランダの網戸を器用に開けて、ベランダに入ってきたセミを部屋の中に持ってきたり…
元気だったころは、毎日が賑やかになるような子でした。
少しずつ変化が…


年月が経つにつれて、コブにも少しずつ変化が現れました。
当初ぽっちゃり気味なコブでしたが、コブも歳を重ねて、痩せてきました。
歩くのが少し困難になってきましたが、自分でお皿の所へ歩いて行き、ご飯も食べていました。
元気だったころはブラッシングが好きでした。でもだんだん毛並みも綺麗とは言えなくなってきてしまいました。
手の傷は過剰に毛づくろいをしたせいで、ケガをしたようになってしまいました。
このころから、「介護」という言葉を少しずつ意識するようになりました。
猫も人間と同じように歳を重ねます。目が白内障になったり、トイレを失敗するようになったり…。
コブを見ていて、猫にも介護が必要になる日があることを実感しました。
特に言葉を話せないので、コブが無駄に鳴いてる時は何を要求しているのだろうか?けっこう悩まされました。
オムツ生活になってから

歩くことが出来なくなってしまったので、ペット用のオムツを履かせました。
でも最初は嫌がっていました、気が付くと脱げてることもありました。
オムツ交換のタイミングは特に決めていませんでしたが、基本的には朝・仕事から帰ったあと・寝る前に交換していました。
ただ、オムツを付けるようになってから最後までの期間は短かったです。
ご飯も自分でお皿の所へは行けなくなってしまいました。あんなに元気に走り回っていた子も、歳には勝てないんだと思うと悲しくなったのを覚えています。
最後の時間


長年猫と暮らしてきた経験から、いつもとは違う体の変化を感じ、「もう残された時間は長くないかもしれない」と思いました。
今思えば、それは独特の匂いだったのかもしれません。
別の記事にてんかんの子の話しを書いていますが、その子が亡くなる時も、やっぱり独特の匂いがありました。
そしてもう残りわずかな時間は、オムツは窮屈なので外してあげました。
しかし、残念なことにコブの死に目に私は会えませんでした。家族からコブが亡くなったと連絡がきて、仕事場から慌てて帰りました。
帰ってコブの亡き骸に触れたら、まだ体は暖かくて、今にも動き出しそうに感じました。

まとめ
今一緒に暮らしているフータ、ラム、ポコリン、キナコも、いつか歳を重ねます。
長い間の介護ではなかったですが、あの時の経験があるからこそ、「今」の何気ない毎日がどれだけ大切なのかを感じています。

元気でいる4匹との、このかけがえの無い瞬間を大切にしていきたいです。そして4匹を最後まで見届けるのが私の務めだと思っています。
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